――純之介さんが、360 Reality Audioに取り組むことになったキッカケはどのような経緯だったのでしょうか。
佐藤氏(以下敬称略):基本的に、新しいフォーマットが好きなのです。サラウンドは興味がありましたし、これまでもハイレゾ、DSD、Blu-rayなど、なんでもすぐ飛びつきます(笑)。
子供のころから立体音響やサラウンドに興味を持っていまして。冨田勲さんのシンセサウンドに影響を受け、使われていたクワッドフォニックなどに興味を抱いたのが最初だったと思います。ただ、サラウンドスピーカーを設置するというのは、簡単ではありません。
10年以上前でしょうか、5.1chが聴けるサラウンドヘッドフォンが登場したときは、とても面白いと感じました。ただ、ゲームなどには使えるけど、音楽用として見たときに、少し物足りなかったという印象でした。またヘッドフォンでのサラウンドに特化した制作ツールがないなと思った覚えがあります。
一方、最近はASMRなども流行っていますし、何らかの立体的音響にアプローチしたいなと考えていました。ただ、Ambisonicsは手軽とはいえないし、Dolby Atmosも再生環境を整えるのは簡単ではない。そんな中、CES2020でソニーが360 Reality Audioを発表したのを知り、これは面白そう、と思ったのです。すぐに、ソニーの知人に、「なんとか360 Reality Audioに関われないだろうか?」と連絡してみたところ、「隣の部署でやっているから紹介しますよ」ということになり、やりとりがスタートしました。
――そこから、すぐに制作を始めた、ということですか?
佐藤:そうではなかったのです。連絡してすぐに、ソニーの社内制作ツールである「Architect」を借用して使ってみたのですが、個人で使うには非常に複雑でした。ほかの仕事に忙殺されてしまったこともあり、そのまま時間が過ぎてしまいました。
今年に入り、ソニーの担当者から「プラグイン版である360 Reality Audio Creative Studio(以下360RACS)というものを開発しているが、そのベータ版ができた」という連絡をもらいました。聞けば、AAXプラグインとしてPro Toolsで動作するとのこと。Pro Toolsは得意なので、「Pro Toolsでオートメーションが描ける、これだ!」と思い、2月からベータテスターとして参加し、制作を始めました。
――360RACSを使った感想はいかがでしたか。
佐藤:触ってみたところ、非常に面白かった。プラグインとしては、少し変わった使い方ではありますが、ヘッドフォンでモニターしながらでも立体的に音を動かすことができますし、ヘッドフォン環境だけでミックスできてしまうことが分かりました。
当初は「試しに1、2曲を」というつもりだったのですが、制作がとても面白く、色々な作品をミックスしてみたい、と思うようになりました。
ただ、ヘッドフォンのモニターだけで音作りをするというのは、手軽でいいのですが、やはり最終的にはスピーカーでモニターしたい。360 Reality Audioの音をスピーカーで鳴らすには上に5ch、真ん中に5ch、下に3chの計13chのモニタースピーカーを設置する必要があります。そのようなスタジオはほとんどないので、ソニーPCLのスタジオか、ソニーの乃木坂スタジオに行くしかなかった。
「それも少し面倒だな」と思っていたところ、ソニー担当者から「では、設置アドバイスなどフォローしますから、佐藤さんのスタジオを360 Reality Audio対応スタジオにしてみませんか?」と提案されまして(笑)。結局「それは面白いかも」とつい提案にのってしまい、GENELECスピーカーを新調したり、それに合わせ内装工事を行なったりして、3月14日に360 Reality Audio対応スタジオとして稼働させました。