イドの行動の理由を説明するのは、メーカーの研究者にも難しいことらしい。デジタルフードの影響は完全には消えず、蓄積するからだ。まして俺なんかに、あの夜のエチカを理解することなんて到底無理だ。彼女――前島さんに後で聞いたことだが、エチカはどこかの街角でアドフードを食べすぎて、ある商品への執着がなかなか消えなかった。その状態を平田さんが見つけ、治療のために彼女が預かっていたわけだ。その広告の内容は、この冬に新発売のエナジードリンク「サラマンダー」。アドフードの連鎖は、複雑な経路を辿った末に、ひとつの環に閉じていた。「結局、こいつは俺じゃなくて空き缶に反応しただけなのかな」クッションの中で眠るエチカを撫でながら呟くと、通話越しにトモキが笑った。「そうかもな。どっちでもいいだろ。好きなように考えろよ」「いや、でも……」「やっぱりお前は、変なところで真面目だな」エチカが目を覚まして、クッションから飛び出した。プルルルッと鳴く。今朝純正フードをあげたからか、機嫌がいいらしい。「エチカ」呼ぶとこちらを見た。しばらく目を合わせて、互いにゆっくりまばたきをする。何か通じ合えた気がしたのも束の間、エチカはととと、と早足で部屋を出ていく。空になったクッションを撫でながら、俺は眼鏡を外して、休日の昼寝をした。
津久井五月|ITSUKI TSUKUISF作家。1992年生まれ。東京大学・同大学院で建築学を学ぶ。2017年、「コルヌトピア」で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。デザイン、生き物、風景などをテーマに小説を執筆している。著書は『コルヌトピア』(ハヤカワ文庫JA)。
TEXT BY ITSUKI TSUKUI