ドローンの姿勢制御技術を持つ株式会社エアロネクスト(東京)が、ドローン配送サービスの定着、普及に向けた取り組みを広げている。山梨県小菅村では昨春に開設した定期運航の配送ルートは7月までに5本に拡大した。7月21日には、100フライト達成記念と、協力をしてくれた住民への感謝の意味をこめて、株式会社吉野家(東京)と組んで牛丼をドローンで運んでふるまった。小菅村には吉野家の店はなく、盛り付けたばかりの牛丼を受け取った村の人々は満面の笑みで喜びを表現した。昨年(2020年)11月の小菅村でのドローン配送実験以降、エアロネクストの取り組みは「浮揚普及」を加速している。
「ここでは食べられないんです。温かい牛丼」
小菅村で仕事をしながら幼い子供2人を育てる村に住む酒井江見さん(34)は、青空に映える白い機体のドローンが運んできた牛丼弁当をエアロネクストのスタッフから手渡されると、表情をほころばせた。手にした牛丼弁当は、少し離れた場所に停められたキッチンカー「オレンジドリーム号」で、数分前に盛り付けられたばかりのあつあつだ。小菅村に牛丼チェーンの店はない。食べるとしたら宅配でレトルトを取り寄せ、自宅で温めて食べることになる。「温かさが伝わります」と牛丼を眺めながら喜びをかみしめた。
酒井さんは3年前、夫の仕事の都合で、それまで住んでいたさいたま市から小菅村に移り住んだ。移住前にも小菅村には来たことがある。そのときの印象は、自然が豊かで美しいまちだった。そして、移住して、それは実感となった。人もやさしい。景色もいい。空気がきれいで、野菜も豊富だ。「子供が風邪ひとつひかないのは、そのおかげかもしれません」と酒井さんは目を細めた。
一方で別の実感も頭をもたげた。引っ越すまでに当たり前だったことが、ここでは当たり前ではない。そのひとつに買い物がある。
3年前までは、スーパーもコンビニも外食も身近だった。仕事帰りに思い立ったら外食も、弁当を持ち帰ることもできた。いまは自宅で料理をすることが基本だ。その料理に必要な食材や日用品の調達の方法も限られる。宅配サービスか、引き売りか、買い出しだ。買い物にはクルマで30分ほどの、最寄りの中心的な市街地である大月市まで出かける。未就学の子供を連れて、ほぼ1日がかりのお出かけだ。毎日はできないし、仕事帰りにもいけない。以前と比較すると、たぶん不便だ。
そんな中、エアロネクストがドローンで牛丼を運ぶと耳にした。楽しみにならないはずがない。
「温かいものが温かいままで届けられることはまずありません。今日はこうして温かい牛丼が届きました。特別なありがたさを感じます」
牛丼を受け取った笑顔の酒井さんの傍らで、娘のふみちゃんも終始、笑顔をたやさない。酒井さんは「笑顔なのは、ドローンを待ち受けるスタッフの方がいたり、取材の方がいたりと、いつもと違う光景が楽しいのだと思います。豊かな自然が豊富なかわりに、変化が少なめな生活をおくっているので、こんなことが刺激になっているのかもしれません」と分析した。
小菅村では昨年11月に実験を開始して以来、ドローンが飛ぶ様子も、酒井さんにとってはちょっとした「刺激」だ。子供たちと指をさしたりする。「怖いと思ったことですか? いいえ一度もありません」(酒井さん)。
小菅村は、全国に820ある過疎関係市町村のひとつだ。人口は約700人。高齢化が進み、過疎に起因する課題は多い。その課題のひとつである買い物の問題を、エアロネクストはドローンを組み込むことで解決しようと奮闘している。「こうした取り組みは心強いです」と酒井さんはその成果を楽しみにしている。
小菅村でドローンを使った牛丼配送の取り組みは、7月21日、エアロネクストと吉野家が、ドローン配送の社会実装を進める山梨県小菅村でスマート物流を確立する取り組みの一環として行った。エアロネクストが次世代物流ソリューションを提供するために設立した子会社、株式会社NEXT DELIVERYの拠点を構えた小菅村橋立地区に、吉野家のキッチンカー「オレンジドリーム号」が乗り入れ、調理した牛丼を、そのまま村内にドローンに積んで配送した。
ドローン配送は、エアロネクストが物流大手、セイノーホールディングス株式会社と業務提携をして進めている既存物流とドローン物流を融合させる新スマート物流「SkyHub」推進活動のひとつだ。橋立地区に拠点倉庫となる「ドローンデポ」を構え、今年4月に600メートル離れた川池地区に離発着場である「ドローンスタンド」を設置することが認められた。4月24日からはデポとスタンドの間を定期航路として試験配送を始めた。その後定期航路は5本に拡大。試験配送は7月1日に100回を数えた。飛行には目視外飛行も取り入れた。2021年中には小菅村の8つの集落すべてにスタンドを設置する方向だ。
7月21日に行われた牛丼配送は、このうちの4航路で行われた。配送は定期航路開設や運用に協力した村の人々への感謝を込め「ドローン配送100回達成記念」と位置付けた。
この日は午前中から、デポに近いスペースにテーブル、イスを並べ、吉野家ののぼりもたてて、仮説の食事処を準備した。集まった村の人たちはその場で食べられる。キッチンカー「オレンジドリーム号」は、デポ最寄りのスタンドスペースで待機し、その目の前でエアロネクストが株式会社ACSL、株式会社ACCESSと共同開発した配送専用の機体の調整が進められた。
機体には牛丼弁当4つを載せられる。ドローンは離陸後、目的地に進むために前傾姿勢を取る。その傾きを荷室に影響させないための技術「4D GRAVITY」がエアロネクストの強みだ。
準備が進み、首都圏や地元のメディアも集まった午前10時半すぎ、エアロネクストの田路圭輔代表取締役CEOがあいさつに立った。セイノーホールディングス株式会社と物流に関わる課題解決に向けた取り組みを進めていることを紹介したうえで、「全国の過疎地では、商店が失われるなど人々が買い物に不便な思いをしている。このため宅配やECに頼ることが増え運ぶ荷物が増えているが、ドライバーのなり手不足の問題もある。毎日荷物が届かないこともある。小さなお子さんを抱えているご家庭では夜間の救急診療への不安は大きい。これをドローンで解決できないかというのがわれわれの取り組みです」と配送実験の先に、社会課題の解決を見据えていることを伝えた。
また、今後の展開についても言及した。「本日使う機体は共同開発した試作機で年内に量産試作にたどりつき、来年には量産化を始める予定です。また、小菅村の物流拠点をここ、ドローンデポに設置していて、原則として首都圏や他のエリアから村内への荷物はここに集まります。そして、ここから各家庭に配達します。現時点では原則、クルマで配達していますが、それを将来的にドローンに置き換えていきます。年内に村内8つの集落すべてにドローンスタンドを開設しようと思っています。ほかにも村にお住まいの方から、自分の家の庭をドローンスタンドとして提供したい、という声も頂いています」。
現在、実験として実施しているサービスを有償サービス化する取り組みも始める。買い物代行や、オンライン診療の一環として医師の処方箋が必要な医療用医薬品の配達も実現させていく。
「こうした小菅の取り組みがさまざまなメディアを通じて他の自治体にも知られるようになりました。すでに全国から多くの自治体が視察に訪れています。来年(2022年)以降、このドローンデポ、ドローンスタンド、SkyHubのモデルが、他の自治体でも導入される見込みです。村のひとに感謝を伝えるという意味でも本日の企画を成功させたいと思っています」。田路CEOは、他自治体への展開の展望に触れてあいさつを結ぶと、集まった村の人々から拍手があがった。
小菅村の船木直美村長もかけつけてマイクを持ち、「今回の企画は吉野家さんとのコラボと伺いました。小菅で牛丼を食べるのは初めてなので楽しみです」とあいさつ。あいさつのあとに、キッチンカーにむかって「つゆだくで~」と声をかけて場を沸かせる場面もあった。
午前11時過ぎ、キッチンカーで盛り付けられた牛丼弁当4つが、ドローンに収められた。ドローンが離陸すると、見守っていた村の人々が立ち上がって期待を見上げた。機体が小さくなるまで指で動きを追い、目の前で繰り広げられている様子を焼き付けた。
キッチンカーは、周辺で見守っていた人にも牛丼弁当をふるまった。キッチンカーから直接、牛丼とみそ汁を手に取った利用者は、感染対策のマスクを器用にはずしながら牛丼を口に運び、口々に「あったかい」「おいしい」と笑みをたたえながら話していた。
エアロネクストはこれからも、小菅村に住む人々と二人三脚で新スマート物流「SkyHub」の開発を進め、村の物流の課題解決に取り組む。
※【DF】エアロネクストはDRONE FUNDの投資先企業です)
村山 繁DroneTribune代表兼編集長。2016年8月に産経新聞社が運営するDroneTimesの副編集長を務め、取材、執筆、編集のほか、イベントの企画、講演、司会、オーガナイザーなどを手掛ける。産経新聞がDroneTimesを休止した2019年4月末の翌日である2019年5月1日(「令和」の初日)にドローン専門の新たな情報配信サイトDroneTribuneを創刊し代表兼編集長に就任した。現在、媒体運営、取材、執筆、編集を手掛けながら、企画提案、活字コミュニケーションコンサルティングなども請け負う。慶應義塾大学SFC研究所ドローン社会共創コンソーシアム研究所員、あおもりドローン利活用推進会議顧問など兼務。元産経新聞社副編集長。青森県弘前市生まれ、埼玉県育ち。
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