世界から注目されている日本の発明家がいる。視聴覚だけでなく、重さや抵抗感など多様な感覚を他者やロボットと共有する技術である「ボディシェアリング」で世界の注目を集めた玉城絵美さんだ。玉城さんは琉球大学工学部初の女性教授でベンチャー企業のH2L(東京都港区)代表取締役でもある。感覚を共有することで体感し、人生における体験を増やしたい――ボディシェアリングは、玉城さんのそんな思いから生まれた。
何か楽しいことがあると、その体験を親しい人と共有したいと思う。そんなとき、写真や動画を撮影して送信し、受信した人はスマートフォンやパソコンで再生して楽しむ。こうした視覚・聴覚による体験共有は、スマートフォンの普及によって私たちの生活の一部になった。
この一連のコミュニケーションは、情報の入力と出力によって成り立っている。発信する側は、カメラやマイク、キーボードなどの入力装置を使って視覚・聴覚に訴える情報を作成する。受信する側はそれをディスプレーやスピーカーなどの出力装置を使って、映像や音声の形で受け取るというわけだ。
ただ、視聴覚による体験共有では、自分が体験しているというよりは、受動的に体験を共有している感覚になる。そこで視聴覚以外の感覚も共有できないかと考えて玉城さんが着目したのは、皮膚の内側の深いところで感じる「固有感覚(深部感覚)」だった。
固有感覚とは、例えば落ちてきたりんごをキャッチする時、腕や手指を伸ばしたり、てのひらにりんごがあって指が握り込めないことを感じたり、てのひらに乗った重さを感じたりする感覚を意味する。玉城さんは、固有感覚をセンサーで計測して、何らかの出力装置を通して他人に伝えることができれば、まるで自分で体験したかのように能動的で臨場感に富んだ感覚を共有できるだろうと考えた。
問題は、固有感覚を計測する入力装置も固有感覚を伝える出力装置も存在していないことだった。そこで玉城さんはまず、電気刺激によって人の手を動かす「ポゼストハンド(操られる手の意味)」を発明し、2011年に発表した。
「例えば私たちが手指を動かそうとするとき、脳からは微弱な電気信号が出ます。その信号が神経を伝わり、筋肉を伸び縮みさせることで手指を動かしています。この電気信号に似た電気刺激をコンピューターから発信し、前腕の皮膚の特定部位を刺激すると、指を動かそうと思わなくても指が動きます。この仕組みを利用したのがポゼストハンドです」(玉城さん)。
固有感覚の共有の実現はその新規性で大きな注目を集めた。独創性豊かなポゼストハンドは2011年に米誌「TIME」の「世界の発明50」にも選ばれ、翌2012年に、玉城さんはH2Lを設立した。
ポゼストハンドは出力だけの装置だったが、次いで玉城さんは装着者が手指を動かしたときの筋肉の動きを計測するセンサー(入力装置)の機能も備えた「アンリミテッドハンド(限界のない手の意味)」を開発し、2015年に発表した。アンリミテッドハンドはソフトウエアを開発するだけで、医療から娯楽など用途に制限なく使える仕様で、多くの人の研究や製品開発などに利用されている。
「皮膚の下の膨らんだ筋肉に特殊な光を当てると、膨らんでいないときに比べて光をより多く反射します。この現象に着目したのがユニークな点で、手が何グラムの力で押しているかといったことを数値で示したりすることができ、固有感覚の計測にも成功しました」(玉城さん)。
アンリミテッドハンドでは、得られたデータを電気信号として出力することで、固有感覚を他人やロボット、バーチャル世界のキャラクターなどに伝えることができる。例えば、鳥が飛んできて手にとまったときの重み、鳥の爪がひっかいたときの感覚なども共有できるのだ。こうした固有感覚の共有システムを、玉城さんはボディシェアリングと名付けた。
玉城さんの体験共有に対する思いは、高校生から大学生にかけて、何度か入院したときに芽生えた。長期入院している患者同士の大部屋にいた玉城さんは、いろんな年代の人と打ち解けて話をするようになった。それは楽しいひと時で、お互いに楽しんでいるように見えたが、共通する切実な思いもあった。
「長期入院していると、人生の体験の機会を逸してしまうことがよくあります。琉球大学の学生だった私は、サークルに入ったりみんなでバーベキューをしたり、といった体験ができませんでした。ある方はお子さんの運動会に行けないと言い、ある方は孫の近くで誕生日を祝うこともできない寂しさを話す。みんなで自分が実際に体験したことを話し合って共有することで、体験ができない現状の寂しさに折り合いをつけるようなこともありました」と玉城さんは当時の様子を話す。「そこから体験の共有が人生においてすごく重要なんだということに気づき、もっと体験共有できるようにしたい、外出が困難な人でも多くの体験ができるような仕組みを作りたいと願い、研究を始めました」
当初は自分の代わりにロボットが体験するようなものを考えていて、ロボット研究が盛んな筑波大学の大学院に進んだ。「でも、ロボットの研究者がたくさんいらっしゃるのを実際に見て、『あっ、私がロボットをやらなくてもいいかな』と思って(笑)。じゃあ体験共有の量と質を増やすという最終的なゴールを目指すなら何をすればいいかと考えたときに、誰もやっていなくてごそっと抜けていた分野、いわば欠けているピースが固有感覚の共有でした」。新たな分野を切り開くため、回路設計、プログラミング、機械学習など工学分野だけでなく、専門分野から離れた生理学や材料学、心理学なども必死で学んだ。固有感覚の共有には、この生理学や心理学が生かされている。
固有感覚を共有することで、人はより臨場感の高い状態で、共有される世界に没入できる。これは産業面でも大きな意味のあることだった。現在、H2Lは製品の開発・販売だけでなく、ボディシェアリングの応用面でも存在感を示している。
ただ、工学系、中でも情報系は女性の少ない分野だ。女性ならではの苦労もあったという。例えば男子学生や男性研究者と一緒にいて外部の人と話す際、女性は回路設計などしていないと思われ、ディスカッションの対象にされず、悔しい思いをしたこともあったそうだ。それでも、玉城さんは次のようにとらえている。
「確かに女子学生はマイノリティーでした。でも、今のように多様化が進むと、誰でもどこかでマイノリティーになる可能性はあります。だからマイノリティーであることを、これから乗り越える面白いものとしてポジティブにとらえてほしいし、マイノリティーであるときに感じたことを、忘れないようにしてほしいですね。それに、今50~70歳代の、女性の社会進出を切り開いてきた方々の責任感やご苦労を思えば、いい時代になったと思います」
マイノリティーは個性である。琉球大学工学部長の和田和久さんは、玉城さんの個性が大学全体の活性化につながることを期待する。
「SDGsがうたうダイバーシティと同じで、大学にはたくさんの個性が必要。一つの分野を追求して理論を構築する人の中に、玉城先生のように社会とつながる発明にチャレンジする人など、バラエティーに富んだ個性が集まることで、大学や地域社会が活性化してくれるとうれしい」(和田さん)。
玉城さんが描く未来社会は、現代に生きる人の3倍の体験量を、体験共有によって1回の人生でみんなが得られるような社会だという。玉城さんが体験を重視する理由はなんだろうか。
「人間って知識があるだけではだめで、体験が知識と混じり合って知恵になることによって生きているということを感じるんだと思うんです。そして次の世代にその知恵を残すことで文化が形成されてきました。ですから、体験量を増やすことで、一個人の人生の充実と文化の成熟を図りたいと考えています」
体験量が増えることで知恵が増し、新しい発想が生まれて社会を変えることができる。まさに、発明は未来をつくりだす。目指す未来社会の実現に向けて、これからどんな技術や応用例を発表してくれるのだろう。その動向から目が離せない。
玉城絵美(たまき・えみ)琉球大学工学部教授・H2L株式会社創業者沖縄県出身。2012年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。米ディズニー・リサーチ社インターン、早稲田大学人間科学部准教授などを経て2021年より現職。2015年より内閣府および経済産業省の科学研究・開発関連の委員を務める。同年JSTさきがけ研究者。
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