――Apple Musicで空間オーディオの配信がスタートしました。これはDolby Atmosを使っているようですが、調べてみるとアビッドのツールが使われているようですね。実際どのようなツールなのか教えてください。
ダニエル氏(以下敬称略):そうですね、すでにいろいろな楽曲が配信されていますが、おそらくその多くがアビッドが販売しているDolby Atmos Rendererを使っていると思います。どの曲がそうであるか、確実に把握できているわけではありませんが、少なくとも「Here Comes The Sun(2019 Mix)」など、The Beatlesの作品はPro ToolsとDolby Atmos Rendererを使っています。
ダニエル:もちろん、ほかのDAWでDolby Atmos作品を作れるものも出てきていると思いますが、3年ほど前に「Pro Tools 12.8」がリリースされたタイミングで、Dolby Atmos Rendererに接続できるようになり、ワークフローが格段に改善され、扱いが簡単になりました。同ツールを使うことで、Pro Toolsから7.1.2ch分のベッド信号と118chのオブジェクト信号を再生環境に合わせて割り振ることが可能になっています。
――Dolby Atmos Rendererというのは業務用のツールで、一般のDTMユーザーなどが購入するのは難しいのでしょうか。
ダニエル:いいえ。このツールはアビッドのサイトからダウンロード購入できる「Dolby Atmos Production Suite」の中に含まれています。Dolby Atmos Production Suiteは33,000円ですが、一般の方でも購入できる製品です。
ダニエル:Dolby Atmos Production Suiteを使うには「Pro Tools | Ultimate」が必要です。
また、Dolby Atmos Rendererには実は2種類あります。一つはDolby Atmos Production Suiteに入っているもので、Pro Toolsと同じPCにインストールして使います。もう一つは別のPCにインストールするタイプで、大規模な映画のプロジェクトや、テレビ番組のミックスなどでも、スマートに使うことができます。DTMユーザーが自分の音楽で立体的なミックスをしたい、というニーズであれば、前者で十分だと思います。
――ソフトとしては、「Pro Tools |Ultimate」と「Dolby Atmos Production Suite」を入手すればOKということは分かりました。ハードウェアでは何か用意しなくてはならないものはありますか?
ダニエル:空間オーディオを作るのであれば、サラウンドの7.1chと天井に4chの7.1.4chのスピーカーがあればベストですが、自宅でその環境を構築するのは現実的ではないでしょう。私自身もDolby Atmosのミックスを自分自身の作品で行なったことがありますが、自宅ではヘッドフォン一つで行ないました。
Binauralをオンにして、バイノーラルモニタリングモードにすれば、スピーカーを用意しなくても、ヘッドフォンでミックスできます。ただ、本格的なDolby Atmos作品としてリリースするのであれば、7.1.4chなどの環境のあるスタジオに行ってスピーカーを使ってチェックを行なうこともお勧めします。とはいえ、インディーズレーベルで、バイノーラルで聴くことを前提とした作品ということであれば、ヘッドフォンだけでのミックスでもいいかもしれません。
――映像は関係なく、音楽作品であればリスナーもバイノーラルで聴くことになるわけですよね?
ダニエル:詳細はアップル側に確認いただいたほうがいいと思いますが、Apple TVのユーザーがHDMIを介してAVアンプで再生すればステレオのバイノーラルではなく、7.1.4chなどのDolby Atoms作品として再生させることができるはずです。
――Apple Musicで配信されている空間オーディオは、もともとバイノーラルになったステレオデータを配信しているのだと思っていました。
ダニエル:正確に仕様を把握しているわけではありませんが、Dolby Atmos Rendererで書き出したADM(Audio Definition Model)ファイルを配信していて、各デバイスそれぞれが最適な形でレンダリングを行なっているはずです。
ダニエル:ADMファイルにはオブジェクトの情報、メタデータが全部揃っていて、これを元にしてバイノーラルデータも生成しているはずです。TIDALやAmazon Music HDのセッティングにおいてはバイノーラルのほかに、オフ、ニア、ミッドなどが設定できるようになっています。Apple Musicの場合はそれが見えないため、ハッキリしない面はありますが、レコード会社側などは同じものを納品しているはずなので、同じ仕組みだろうと思います。