いきなりヘリコプターから撮影したことが分かる写真を掲載したとおり、本稿ではヘリコプターに乗った体験談を記そうとしているわけだが、ヘリに乗るまでの流れがちょっと変わっている。地方自治体へ寄付をすることで所得税や個人住民税が控除される制度、いわゆる「ふるさと納税」のお礼品としてヘリに乗せてもらうプランがあり、その体験をしたのである。
この変わったお礼品を提供しているのは神奈川県足柄上郡松田町(まつだ“まち”と読む)。ふるさと納税ポータルサイトの「さとふる」を通じて、地元産品を中心としたさまざまなお礼品を用意している。利用者はさとふるから寄付を行なうことで、こうしたお礼品を入手できるわけだが、そのお礼品として、9月4日に「ヘリコプターで空中散歩」というものが追加されたのだ。
「さとふる」で松田町のお礼品一覧を見ると、4プランの「ヘリコプターで空中散歩」が用意されている松田町 政策推進課 課長補佐兼財政係長の椎野晃一氏ここで気になるのが、「なんでヘリコプター?」ということだろう。まずは、その疑問を解消すべく、松田町役場で政策推進課 課長補佐兼財政係長の椎野晃一氏に、同町でのふるさと納税の取り組みについて話を聞いた。
――さとふるでの募集は今年(2015年)7月から始まっていますが、それ以前はどのような取り組みをしていたのでしょうか?
椎野氏:2012年からお礼品を用意して取り組みを始めましたが、実績は年5~6件が最大。それも松田町に縁のある方がほとんど。お礼品は足柄茶、キウイ、日本酒といったものを用意していました。
――その頃は、どのような形で告知をしていたのでしょうか?
椎野氏:多くの市町村が同じだと思うのですが、いただいたものに対して返すのが中心でした。町のWebサイトでも寄付を受け付けている告知はしていましたが、ボタンやフォームを設けて積極的に集めるということはしていませんでした。
――さとふるで募集を行なうようになった経緯を聞かせてください。
椎野氏:寄付額を多く集めて実績があがっている自治体があるといったニュースを耳にするようになり、議会答弁でも取り組みについて指摘をされる状態でした。そこに、さとふるさんが話を持って来られたんですね。ほかにも同様の話があったんですが、熱意というか、ふるさと納税の本来の主旨に即した“地域活性化”というところに主眼を置いた取り組みをしていくとのことで、比較的速やかに決まりました。
――ヘリコプター遊覧のお礼品を用意することになったのは、どのようなことがきっかけなのでしょうか?
椎野氏:(隣町の)大井町の赤田というところに防災ヘリとして協定を結んでいるヘリコプターの発着場があり、そこからヘリを飛ばしてくれるということは知っていて、私も以前に防災にいた関係で仕事上の付き合いもありました。1度乗せてもらったことがあって、この地域の上から見る景色が、非日常的で素晴らしいものだと思っていたんです。これをお礼品として活用できないか、というのがそもそものきっかけでした。
――実現までには、どのような話し合いがあったのでしょうか?
椎野氏:赤田のヘリポートでライセンス教室などをやっている山昌さんに話を持ち込んだんですが、最初はあまり乗り気でないようでした(笑)。申し込みがあったら何でも受けなければならないとなると、ヘリを1回飛ばすにはスケジュール調整や天気の影響があるから少ない金額でやるのは難しい、申し込みが多いと厳しい、というお話でした。最初は私がうまく伝えられなかった部分があって、そうではなくて町としてはこれを目玉の1つに据えたいので、寄付額は多いけど楽しんでもらえる要素を取り入れたお礼品を用意したいという主旨を改めて伝えたところ、それだったら、ということで検討していただけることになりました。さまざまな事情を解決する手段としてDHCさんにも協力を仰いで何とか実現にこぎ着けられました(注:山昌、DHCの協力については詳細を後述する)。
――松田町民や役場内からの反応はありましたか?
椎野氏:身近なところからの反応はないですね。ただ、これは町長にも、お礼品としてヘリの遊覧飛行を用意したいがどうだろうか、と相談していて、いいんじゃないの、と言われています。うちの町長は新しいものにはどんどんチャレンジしていこうという、そういう気概のある若い町長ですね。役場にPepperがいますが、これも町長の発想でぜひ入れたいと。松田町のWebページのトップにもPepperが出てきます。
――松田町発着のヘリ遊覧での見どころを教えてください。
椎野氏:やっぱり富士山ですね。それに相模湾、大島も見えます。初春には「まつだ桜まつり」をやっていて、富士山をバックに松田山の中腹にカワヅザクラ(河津桜)が咲きます。ハイシーズンは本当に綺麗で、一度乗れば本当に素晴らしいと思っていただけるはずです。
――さとふると取り組んだことで、どのような点が大きく変わったと考えていますか?
椎野氏:お礼品を独自に編み出せるというかアイデアを盛り込める点と、ポータルサイトとしての強みでしょうか。アイデアというのは、ヘリコプターもそうですし、ほかにも「墓地清掃サービス」というのを始めました。これは松田町に家があって、お墓があるが、普段は都会で生活していてなかなかこちらに来られない人をターゲットにしています。松田町も少子化で人口が減っています。そうした状況で、お墓の清掃を代行しますよ、というものです。
――今年7月以降の寄付状況はどうですか?
椎野氏:300件を超えていて、寄付金額ベースで例年の20倍ぐらいは見込めそうだと思っています。一番人気はミカンに関するもので、これは意外でした。ここでは普通のもので、買う物ではなくてもらう物というイメージも結構あります(笑)。これに全国の皆さんが興味を持たれるのが意外でした。自治体担当者にとって一番の手間がお礼品の調達や発送で、そこを全部さとふるにやってもらえるのは自治体にとっても大きなメリットです。それもあって以前はミカンを提供していなかったのですが、こんなに人気が出るとは思いませんでした。
――ふるさと納税での寄付金はどのような方向で活用されるのでしょうか?
椎野氏:総合計画に位置付けられている事業に充てさせていただくことになります。例えば、松田町では歌手の北川大介さんと、俳優の山崎一さんを「ふるさと大使」として任命していますが、ふるさと大使に関する活動に充てて、一緒に盛り上げていけるようなことができればよいなとも思っています。
――寄付金額を伸ばすために考えていることは何かありますか?
椎野氏:例えばミカンは最初オーナー組合というところだけが調達先でしたが、そこで品切れになってしまったので、今はJA(全国農業協同組合連合会)さんにお願いして調達できるようにしています。実はミカンは今年は豊作の年で、1年ごとに表作と裏作のようなものがあって、来年は今年ほど提供できないと農家さんから聞いています。だから調達が今年ほど順調にいくか分からないので、ミカンに代わる何かを用意しないと寄付金額が減ってしまうのではないかという危惧があります。ですので、なおさらアイデアでいかないといけないと思っています。
――そういったアイデアとして、どのようなものを考えていますか?
椎野氏:当初の目的である地域活性化、松田町の魅力をどう発信していくかに主眼を置きたいと思っています。例えば、松田町に来てもらってお茶摘みなどを体験していただくツアーのようなものができればよいと思っています。ニジマスのつかみ取りも現在提供していますが、これも体験型の1つです。また、ふるさと納税の寄付金は単純にお金を集めるということではなく、その先に地域を活性化させることが主旨ということで、例えばミカン農家も後継者不足に悩んでいるところがありますが、こういった形で販路が広がって、継続する農家が1軒でも2軒でも現われれば、荒廃農地解消にも繋がる、といったサイクルで回ればよいと思っています。
このように話をうかがうと、収穫量によって提供数が変化しかねない農作物などは言わば“水物”であるが、アイデア勝負の体験型であれば安定してお礼品として提供できる点で意味がある。最近はこうしたお礼品も目立っており、さとふるが取り扱っているほかの自治体でも、乗馬体験や、町長の案内による地元ツアーなど、自治体の土地へ行って楽しむお礼品がある。
主題であるヘリコプター遊覧についても、これによって松田町に来てもらうことができ、さらに松田町の魅力を空から見てもらえる。正直、ヘリコプター遊覧は突飛なアイデアだと思っていた。椎野氏も「目玉として」と、話題性も多少は意識しているようではあるものの、ふるさと納税の課題に向き合って、その主旨に沿って合理的に考え出されたものであることが分かる。
松田町役場役場にはPepperがいるお礼品として提供している焼酎「まつだ乃華」。手にしているのは松田町 政策推進課の大久保渚氏その、松田町がお礼品として用意している「ヘリコプターで空中散歩」のプランは、「発着地」「飛行時間と食事の有無」で分けられており、
・ヘリコプターで空中散歩「鎌倉」コース(松田町発)・ヘリコプターで空中散歩「東京」コース(東京発)・ヘリコプターで空中散歩「横浜・鎌倉」&お食事コース(松田町発)・ヘリコプターで空中散歩「東京・横浜」&お食事コース(東京発)
の4種類が用意されている。
寄付額は食事なしコースが30万円、食事付きコースが50万円。費用対効果を考えても、これを安いと言えるほど豊かな生活は送っていないが、金額の高い、安いは個人的な感覚でもあるので、もう少し論理的な理由を挙げてみたい。
それは、ふるさと納税で控除できる金額の上限額だ。ふるさと納税は、自治体に「寄付」を行ない、確定申告することで2000円を超える寄付金額の一部が所得税、住民税から控除される制度である。
上限額は収入や家族構成によって変化するが、実は2015年の制度改革で上限額が引き上げられた。30万円、50万円といった高額寄付が必要なお礼品を目的とする場合、控除できる金額の上限が高くなることは素直に歓迎してよいだろう。
そして、その引き上げ後の上限額の目安として、総務省が4月に示したもの(http://www.soumu.go.jp/main_content/000351931.pdf、PDF)を抜粋したのが下記の表である。ちなみに、さとふるのWebサイトには、収入から最大控除額をシミュレートできるページも用意されているので試してみるとよいだろう(http://www.satofull.jp/static/calculation01.php)。
給与収入 | 独身者 | 夫婦 | 夫婦+子供2人(高校生、大学生) |
---|---|---|---|
300万円 | 3万1000円 | 2万3000円 | 4000円 |
400万円 | 4万6000円 | 3万8000円 | 1万7000円 |
500万円 | 6万7000円 | 5万9000円 | 3万3000円 |
600万円 | 8万4000円 | 7万6000円 | 5万3000円 |
700万円 | 11万8000円 | 10万8000円 | 7万5000円 |
800万円 | 14万1000円 | 13万1000円 | 10万9000円 |
900万円 | 16万4000円 | 15万4000円 | 13万2000円 |
1000万円 | 18万8000円 | 17万9000円 | 15万7000円 |
1100万円 | 22万4000円 | 21万5000円 | 18万3000円 |
1200万円 | 25万2000円 | 24万2000円 | 20万9000円 |
1300万円 | 33万0000円 | 26万9000円 | 24万6000円 |
1400万円 | 36万2000円 | 35万0000円 | 27万3000円 |
1500万円 | 39万4000円 | 38万2000円 | 35万5000円 |
ご覧のとおり30万円、50万円といった寄付額から2000円を差し引いたぶんを最大限控除できるのは千数百万円の収入がある人に限られることになる。国税庁が発表した2014年の「民間給与実体統計調査」(http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2014/pdf/001.pdf、PDF)によると、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は415万円で、「800万円以上の給与所得者は、全体の給与所得者の8.5%に過ぎない」とされており、ここからさらに対象者が絞られることになる。
と書くと、自分には意味がないのではないかと思われるかも知れないが、少なくとも多くの人にとって上限額一杯までは控除できることになる。また、実はヘリコプターには3名まで搭乗できる。両親と一緒に乗ったり、恋人へのプレゼント(プロポーズの場)としたりなど、税金控除だけでなくプラスアルファの活用を考えることで“元を取る”ことはできるのではないだろうか。